1342年後醍醐天皇の勅願により元の帰化僧、明極楚俊を開基(創立した僧)とし、日田郡司大蔵永貞が建立したと伝えられる、九州唯一の勅願の霊場である


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ここの入り口には菊の御紋がる由緒あるお寺。後醍醐天皇が九州で唯一日田のみに勅願するという謎がありそうな寺。
後醍醐天皇は、日田という古代からの流れを知ってこのお寺をつくられたのかもしれない・・


※勅願
チョクガン〔国〕神仏に対して天皇がささげる願い。

※後醍醐天皇
第96代に数えられる天皇。在位1318‐39年。後宇多天皇の第2皇子。母は談天門院藤原忠子。政治は著しく専制的で,武将・貴族たちの強い反発を招き,新政は36年(延元1‖建武3)には瓦解する。しかし後醍醐はなおも吉野に南朝をひらき,北朝を奉ずる足利氏の幕府に対抗,京を回復する夢を抱きつづけたが,相次ぐ南軍の敗報のなかで39年吉野で死んだ。後醍醐を最後として,天皇は全国的な政治の実権から離れることとなる。

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